(9)「リモート残業」は賃金請求できるか?


 昨今増えていると考えられるものに、在宅型のPC残業があります。おおさか労働相談センターには、「パソコンで一日の活動内容を会社に報告したり、実績を確認したり、メールで上司とやり取りするといった仕事が増えてきました。その結果、仕事が終わり自宅でパソコンを使って仕事を行うといったことが増えてきました」というメールも寄せられています。かつて「フロシキ残業」という言葉がありましたが、これはやがて「フロッピー残業」になり、最近では「インターネット残業」ないしは「Eメール残業」も増えていると思われます。これらの時間外労働は、今や電気通信回線によって地球的規模で労働者の管理・捕捉が可能となり、自宅や出張先、喫茶店で作業した成果をメール添付で会社に送付する形態がその典型であることから、今後は「モバイル残業」と定義するのがより正確なのかもしれません。
 この場合問題となるのは、その分を時間外労働であると評価して、使用者に対して賃金を請求することが可能であるのかどうかが問題となります。  労働時間の概念については、判例上「使用者の指揮監督下に労務を提供している時間をいう」(長崎地裁判決1989年2月10日労働判例634号p.10.)とされていいます。すなわち直接的な使用者の監督下である事業場以外の場所で使用者の指示に基づいて作業をした場合にどうなるのかが、まず問題となります。次に、それが直接使用者の意思に基づかずに作業した場合に、それを使用者が受領する義務があるのかどうかが問題となります。
 前者の場合には、前記の判例によって明らかに「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」であるとはいえると考えるべきです。なお、その場所が自宅であるか、喫茶店であるか、それとも電車のなかであるかは別にして、おそらく具体的な例に則した実質的な判断が必要であると考えられるところでしょう。
 後者の場合、その職務の内容と使用者の職務上の指揮・監督との関係が問題となります。「(2)労働者が勝手に長時間働く――その分受領する義務は?」で述べたように、その場合に「1日に8時間を超えて労働させてはならない」とする労基法32条の趣旨を使用者どれくらい遵守しようとしたかが問題となり、明らかに「1日8時間」を超えた部分を労働者がこなすために自宅や喫茶店などで労働せざるをえないような状況に追い込まれているような場合には、「特別に合理的な性質を有する」ものと認められ、使用者に労働受領義務が発生することになると考えられます。

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