危険な財界ワークシェアリング論


 財界と政府が、まじめなワークシェアリング論を逆手にとって、賃下げと雇用破壊を目的に展開を早めている。ヨーロッパで既に数十年の歴史と合意のうえで進められているワークシェアリングとは全く異質と言えるだろう。ヨーロッパでは「雇用創出と社会の豊かさ」が当然の目的だが、日本の財界と政府が考えるワークシェアリングは「賃金下げと雇用破壊」がねらいとなっている。ここの問題点を、今後のためにもうきぼりにしておきたい。

 ワークシェアリングの「定義」をあいまいにしたうえ、日本流の「論」を形成する動きがあることから、ヨーロッパ諸国での事例を先に紹介したい。社会経済生産性本部のワークシェアリング提言に詳しいが、ドイツでは地域ごとの産業別労働協約で時短し、原則賃金カットはない。フランスでは労働法により時短を最低賃金制と同様に全国一律に適用させ、対象の90%が賃金カットなし、政府が企業の社会保障負担を軽減して進行している。オランダは政労使合意(ワッセナー合意)にもとづく全国全産業的に均等待遇を前提にパート化を促進し、賃金は時間比例原則であるが、世帯の収入は基本的に維持されている。いろいろ問題も抱えているが、労働者と労働組合が失業者と社会の豊かさのためにストライキや決起集会デモなど、国民を巻き込んでたたかっていること、そして長い歴史をかけてつくってきた社会保障体制が、ワークシェアリングを成功させているように思える。

 では、日本と政府のワークシェアリング論と考え方、施策をみてみよう。日経連は「多様就労対応型のような『柔軟なワークシェアリング』に関して、具体策を検討、実施していくことが必要であり、そのためには時間給賃金を含め、仕事の性格・価値や労働時間、雇用形態に即した賃金処遇を実現することが重要」(本年4月厚生労働省のヒアリングに答えて)と明確。これは本年1月の労問研報告(春闘対策手引きパンフ)で、「正規労働者の時間給労働者化」を初めて打ちだしたが、これに連動している。少し予断だが日本の労働組合の考え方をみておく。全労連は「賃下げなし」を今月明確にし、連合も「短時間就業者への雇用のシフトによる人件費抑制策はワークシェアリングとはいえない」としているが、主要単産である電機連合や鉄鋼労連は「時間あたり賃金の概念の確立が必要」と資本側提案の受け皿の様相である。その中でもゼンセン同盟が「労働時間の違いによる処遇格差や雇用形態の区別を解消することが必要」と主張している点は、パート労働者など不安定雇用労働者の均等待遇を訴えている点で傾聴できる。さて、政府の基本的考え方は何事でもノラリクラリであるが、この差し迫る課題でもハッキリさせず、「ワークシェアリングに関する研究会」(会長 今野浩一郎学習院大教授)に語らしている。

 本年4月26日公表の「ワークシェアリングに関する調査研究報告書」は、ワークシェアリングを「雇用維持型(緊急避難型)」「雇用維持型(中高年対策型)」「雇用創出型」「多様就業対応型」に分類したうえで、アンケート集約をおこなっている。企業側と労働者側の意見を取っているが、企業側の意見集約は露骨なものとなっている。緊急避難型は時短による賃金低下を和らげるために別手当てが出されている実例もあることから、企業側は「労働時間短縮ほど人件費は低下しない」(63.8%)ことを理由に、賛意は27%にとどまっている。雇用延長を理由にした中高年対策型は安上がり労働力の見方からか賛意も48.4%とだんだん本音が見えてくる。そして、雇用創出型には法定労働時間短縮によるワークシェアリングの効果に、「効果がある」とする回答は14%である。そして、正社員の時間給労働者化である多様就業対応型には62.5%の賛意をしめしている。悲しいかなこれが日本における資本の考え方である。だから研究会は今後の課題を次のようにまとめた。「時間を考慮した賃金設定に対する検討と理解」として、「ワークシェアリングがその類型に係わらず、これまでの労働時間と賃金の組み合わせを変化させるものである以上、導入に当たっては、労働時間と賃金との関係を明確にする必要がある。しかし、わが国の場合、多くの企業が月給制を採るなど、かならずしも時間を考慮した賃金設定がなされていないのご実業であり、ワークシェアリングを導入する場合には、労使において時間を考慮した賃金設定のあり方について検討を行い、理解を深めることが必要である」とした。もはや拝金主義の発想である。世界に恥ずかしい長時間労働、過労死や過労自殺は増えつつけている。サービス残業は広がり、闇労働化している。このことは絶対にふれないで、正規労働者の時間給労働者化を狙っている。しかも、「解雇権」の基準化や有期契約などの労働法制改悪ともリンクしてだ。すでに、郵政職場である日逓では時間給化され、やもうえず1ヶ月就労しなかった労働者は賃金がゼロとなっている。

 連合は11月27日、首相官邸で政労会見を行い、雇用対策と消費回復を基軸にして今年度第2次補正予算および新年度予算の編成を行うよう要請したほか、医療改革、中小企業対策、公務員制度改革等について要請した。このなかで、地域特性に配慮した雇用対策、ワークシェアリングについて政府の積極的な対応、雇用非常事態宣言を発するなどの緊急対応を要請した。政労会見に引き続き、政労トップ会談が開かれ、連合から笹森会長、草野事務局長、政府から小泉首相、坂口厚生労働大臣が出席し、このなかで、政府もワークシェアリングについて労使の話し合いの場に参加したい、との意向が表明され、12月に政労使による会議の場を立ち上げることで合意した。

 いよいよ偽りのワークシェアリング論の展開を許すのか、それともヨーロッパ労働者のたたかいと連帯し、「賃下げなしのワークシェアリング」実現、サービス残業の根絶、男女共通規制の残業規制と総労働時間の短縮、失業解消雇用拡大に立ちあがろうではないか。

服部信一郎(労働時間短縮研究所専務理事)
(2001年12月16日記)


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