雪中奮闘記

 少し前の話になるが、2月初めに懐かしい友人たち4人で雪深い奈良県・天川村にキャンプに出かけた。目的は旧交を温めることもあったが、その内の一人が勤める会社が昨年11月に経営破たんし、彼を励ます意味もあった。
 集まったメンバーは、東京・広島・津からと車や新幹線で集まった。ちなみに私は藤井寺在住で一番近いのに、集合時間に遅刻してしまった。私以外の3人は、学生時代から山登りをしていたり、一人は本格的に岩登りをしている。リュックや登山靴もかっこいい。ちなみに私は普通のダウンジャケットに運動靴・・・。
 車で食料を買い込み、大峰山に向かう道の通行止めの所まで向かう(冬期は雪で通行止めになるのだ)。どうせ誰も来やしないやろと、堂々と?道路でテントを張ってしまえ!
 やっぱり経験者は慣れているもんだ。あっという間にテントが立つ。あたしゃ何をしていたかというと、雪つぶてをぶつけたり、ツララで遊んだり、みんなから大ひんしゅく。調理係を仰せつかうまうはめに。
 ほんでも、楽しかったなあ。むっちゃ寒かったけど、鍋は美味しいし(キャンプでは何でも旨いのだけど・・・)、酒も旨い。昔話に花が咲き、元気になった。素人の私にどうせたいした準備もしてこないだろうと、寝袋や動物の毛のぶ厚い靴下なども用意してくれている。
 夜な夜な遅くまで飲みながら、さあ寝よかと。ところが寒くてなかなか眠れない。雪の降る音がシンシン・サラサラと聞こえる。たまに「ピーッ」という動物の鳴き声・・・。「何やろ?鹿か?鳥か?」とみんな起きている。一番奥で横になっているので、テントの外で積もる雪がだんだん体に寄ってくる。結局浅い眠りで朝が来た。40センチは積もっているだろうか。昨夜の鍋の残り汁で雑炊を作り、テントもしまい、さあ温泉行くでー!昼は旨いもん食おうっ!と意気揚々と車で出発。昨夜降った雪の重みで細い樹木が頭をもたげ行く手を遮る。そのたびに私が助手席から降り、「エイヤーッ」と山側に押し戻す。
 そうしているうちに緩い右カーブを曲がった瞬間、車内で悲鳴があがった。何と何と幅4メートル、高さ2メートルほどの巨大な岩が道を塞いでいる。雪の積もり具合からも朝方にでも落ちたのか。確か後ろの道は通行止めと行き止まり・・・。携帯電話は?当然つながらない・・・。仕方がないので、車をバックさせ広い所に停めて歩いて下山するはめに。
 運動靴はあっという間にジュボジュボ音が鳴る。山側の岩の隙間からは雪解け水がチョロチョロ流れ出している。また落石でもあるんでないかと、川側を歩くも断崖絶壁。運動靴は滑りまくり。ああ、怖わー。
 困ったことに便意をもよおす私。何年ぶりだ?野○○なんて。仲間には先に行ってもらい、足場が悪い中、細い杉の木を右手でつかみ踏ん張る私。ところが木をつかんだのは大失敗!体のバランスが崩れるたびに、大量の雪が頭に落ちてくる。その後のことはご想像にお任せするが・・・ちゃんと拭けたのでご心配なく。
 さらに下山は続く。腹は減るわ、足腰痛いわ、寒いわ、とムシャクシャしてまた雪つぶてを投げる私。と、一軒の民家に電灯がついているではないか!「こんにちはー!」と叫ぶ4人。中からは何の反応もない。危険な集団と思われたのか、ますます疲労が蓄積する。
 しばらく行くと、今度はダムの事務所に灯りがついている。もう大丈夫だ。タクシーを呼んでもらおうとピンポンを押す。人がいた。ヤッター! と。ところが絶望的な返答が・・・。タクシー会社からはチェーンまいてないので来れない。さらには、落石の処理は4月くらいまで無理かもしれないとのお答え。疲労の蓄積は90キロを超える私に重くのしかかる。
 さらに運動靴での下山は続く。と、川側から寝てる時に聞こえた「ピーッ」の声。目を凝らしてみると、家族だろうか4匹の鹿の群れが川を渡っているではないか。思わず口笛で「ピーッ」と呼びかける。そうすると「ピーッ」の声。反応してるで! あな嬉し! さらに目を凝らすと山の斜面にも2頭(鹿の数え方って匹?頭?)いる。さらに「ピーッ」すると「ピーッ」がこだまのように返ってくる。さらに目を凝らすと対岸の岩が剥き出しになっている所には、幅20メートルくらいにわたって長く太いツララが連なっている。隣の山には電線の鉄塔が立っている。「どないして立てたんやろ?」と考える。足元しか見ずに歩いていたのが、何だか鹿のおかげで視野が広がった。
 御手洗渓谷(「お手洗い」ではなく「みたらい」と呼ぶ)の入り口付近までようやくたどり着く。確か売店があったはずだ。あったかいものでも飲める期待があふれる。と、ところが、売店には休業中の看板が。しかも自動販売機は何度コインを入れても戻ってくる。捨てる神あれば拾う神もいた。売店からオバちゃんが出てきたので事情を話すと、中から缶コーヒーを持って来てくれた。ヒャー、冷たいコーヒーがのどを潤わせてくれる。暖かくてお金を取らなかったらもっと感動したんやけど・・・。
 だんだんと集落が見えてきた。もう使うこともないが携帯の電波も1本立った。ようやく村の中心地に到着。メシ屋もすべて閉まって、交番にも誰もいない。駅までのバスが来るまで1時間半・・・。小さな旅館の婆ちゃんが出てきたので、交通手段を聞くと知り合いのタクシー会社に連絡を取ってくれた。しかも熱いお茶もごちそうになる。話の中で、鹿は時々村までやってきて堂々と道路を横切っていくらしい。畑のものも食べてしまうと言っていた。都会に住む気まぐれな観光客はうわべだけしか見えてないのかもしれない。
 やっとのことで遅い昼食にありつけた4人。ビールを飲みながら、すべてのトラブルは「おまえが遅刻したからだ」と言われたので、「落石が車に直撃しなかっただけ良かったやん!」とささやかな反論を心の中で呟いた。
 家に帰って連れ合いにことの顛末を話したら、土産もなかったせいか運動靴が新品のように白くなっていたことだけを指摘された。おしまい。

PS.停めてきた車は、後日所有者から土木事務所に連絡したところ、翌週には落石の解体処理をするとのことで、無事戻ってきました。土木事務所のみなさん、おおきにでした。

海老原寿哉(労働時間短縮研究所事務局長)
(2002年3月21日記)


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